一汁三菜を大切にした報恩講料理から見える、家庭料理の哲学
- RECOMMEND
人口一人あたりのお寺の数が日本一といわれる福井県。精進料理はお寺だけで食べられるものではなく、家庭料理としても根付いている。仏事や祭事、冠婚葬祭などの際に地元のお母さんたちが寄り合い、大勢のために一つひとつお膳を振る舞うのだ。素朴な郷土料理から福井人が愛し守ってきた食文化や交流を知る。
一汁三菜を大切にした地元に伝わる報恩講料理
浄土真宗では宗祖・親鸞聖人の命日に合わせて開かれる法要を報恩講(ほうおんこう)という。その際に出される食事が報恩講料理だ。一汁三菜を基本に野菜の和え物や煮物をお膳に並べた献立は、素朴に見えてとても手間のかかる品々ばかり。今回料理を振る舞ってくれたお母さんたちが「ほうきの実」と呼ぶ食材は、ホウキギに実るもので子どもの頃には多くの家庭に生えていたそう。今ではほうきの実そのものが手に入りにくく、皆が心待ちにしている一品だ。ぜんまいは冬になっても食べられるように、昔から春に採れたものを乾燥して保存。旬を過ぎて食べられる工夫も、暮らしをより良いものにする大切な知恵として息づいている。
地域の交流を深め食文化を伝承していく
報恩講料理は各家庭で収穫した食材を持ち寄り、近所の人たちが集まって作っていたという。「まだ何もお手伝いできない幼稚園の年頃から母親に連れられてね、年配の人たちから見て教わるんですよ」と懐かしそうに微笑む静枝さん。「すり鉢に付いたほうきの実がもったいないから、ご飯を入れておにぎりにするんです」と余すことなく食材を使う大切さを人々の交流から学ぶのだ。お盆や正月に戻ってきた娘を嫁ぎ先へ帰すときは、報恩講料理の中の数品や栗赤飯、昆布巻き、鮎の塩焼きやお寿司を土産に持たせていたという。「家庭で作ることは少なくなってきましたけど、報恩講料理が会話や笑顔、人と仲良くなるきっかけを生み出してくれるんです」と食文化が人と人をつなぐ福井人の幸福な暮らしを話してくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◆お品書き
一、むかごの白和え
山芋の葉の付け根にできるむかごを白胡麻と豆腐で和えた。砂糖と塩のほか、隠し味に醤油を少し入れて風味を豊かに。
二、煮しめ
里芋や大根、椎茸や人参など季節の野菜を使った煮物。普段は小さく切って煮た「小煮しめ」を食べる。
三、麩のからし和え
熱湯で地がらし粉を練って作った地がらしに酢味噌を合わせた。福井では馴染み深い角麩を使った和え物。
四、葉っぱ寿司
塩鱒と酢飯と生姜をアブラギの葉で包んだ押し寿司。しめ鯖や鮎を使うこともあるが、この日は特別に桜鱒でおもてなし。
五、ほうきの実のお和え
プチプチとしたキャビアのような食感がすることから「畑のキャビア」ともいわれるほうきの実を、香ばしい味わいの荏胡麻味噌(えごまみそ)で和えた。
六、すこ
里芋の中でも主に茎部分を使用する赤ずいきの甘酢和え。酢に反応して美しい赤色に染まる一品は福井県で最もポピュラーな料理のひとつ。
七、たくあんの煮物
青首の長い宮重大根を米ぬかで漬けたたくあんを塩抜きして醤油で煮た。しっとりした独特の食感が味わえる冬の定番料理。
八、とのいもの葱味噌和え
茹でた殿芋に葱味噌を付けて食べる旨みたっぷりの一品。生姜味噌や胡麻味噌など家庭によって味付けはさまざま。
九、煮豆
水煮した大豆を昆布や醤油、砂糖を使って甘く煮た福井県外の人にも馴染み深い一品。
十、大根なます
大根や人参を千切りし、さっと湯通しして塩、砂糖、酢、胡麻で味付けた。スライサーを使わずすべて包丁で切ることで独特の食感を出している。
十一、からし茄子
旬の茄子を塩漬けしたものを塩抜きし、甘酢と醤油、地がらしで味付け。冷蔵庫がなかった時代は川の冷たい水で戻していたため冬の一品だったそう。
十二、お葉漬け
大根や人参、蕪などの浅漬け。この集落では子どものころから「おくもじ」と呼んでいるそう。
十三、おつけ
蕪や人参などの根菜類のほかに雪国・越前に古くから伝わる大豆加工食材の打ち豆を入れた味噌汁。
十四、ぜんまいの炊いたの
干して乾燥させたぜんまいを戻して醤油や砂糖で炊いたもの。旬を外れた食材でも一年通して食べられるように保存食にしている。
●Interview-インタビュー-
永平寺町吉波/企業組合若鮎グループ加工部
(左上から右へ)中野静枝さん、内海春江さん、長谷川久美子さん、吉川景子さん、川崎やゑ子さん、笹木千代子さん
永平寺町の朝市で加工品などを提供することをきっかけに始まったグループは、福井県内初の女性だけの企業組合だ。高齢化や核家族化により家庭では作られなくなってきた報恩講料理など、福井に根付く食文化を伝承する担い手として活躍している。「私たちが子どもの頃に地域の人々から学んだことを若い世代に知ってもらう活動を続けていきたい」という。